質問が出ない授業について

某進学塾の人が言っていることなのですが、「質問が出ない授業が最上の授業」みたいな話があります。分からないでもないんですが、なんとなくモヤモヤするので考えをまとめておこうと思います。

某進学塾は小中学生対象の集団指導塾です。ですから、質問が多く出る授業は良い授業ではないという考えには一定の理解ができます。質問されることくらい先回りしてつぶしておけという考え方でしょう。自塾のテキストと公立校の過去問くらいなら、疑問はつぶしておいた方が良いでしょう。ただ、難関私立・国立高専までとなれば話は別です。とても難しいと思います。

以前にも言っていますが、授業の分かりやすさはコントロールできます。難しいことを取り扱わなければ簡単に見せることはできます。それだけでは問題が解けないし、以降の学習に支障をきたすのですね。

じゃあどこまで扱うのがベストかという話になってきます。その落としどころが自塾テキストと公立校過去問くらいじゃないかと思うのですね。集団指導塾の授業は基本的に週1回です。学校だと4回分くらいの進度を一回の授業で進む必要があります。授業の濃度を上げるのはもちろん必要だし、ある程度の取捨選択も必要になります。

また、なんでもかんでも与えることの是非も考える必要があります。高校生になれば、自学自習でこなさなければいけない割合が上がってきます。そんな中で、こちらが与えすぎるのは自分で消化する機会を奪うことにもなりかねません。

集団指導塾は授業が命なので、学校とは違ったもの、クオリティの高いものを出す使命があります。それはそれで間違いないのですが、質問が出ない授業はあまりに不自然というか、作為的に過ぎる感じがするのです。自塾テキストや公立校過去問だけの閉じた世界で分かった気になるのではなく、世の中の様々な問題に目を向けて、内なる疑問に耳を傾ける人になってほしいと思うのです。

疑問を自ら発見し解決する能力こそ、進学校で生きていく最低条件じゃないのでしょうか。そのためには多少の質問は許されるべきだと思うのですが、いかがでしょうか。

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